「ほととぎす 消え行く方や 島一つ」

旅の思い出:   須磨浦公園に車を留めて、絵の道具と折りたたみ式の椅子を持って鉢伏山(はち

         ぶせやま)に登りましたが、急坂でかなりきつく頂上まで行かずに、途中淡路島が

         眺望できるところで足を止め、椅子にかけて淡路島を描きました。

           ゴールデンウイークとあって、かなりの人がこの山に登り私に声をかけては通過

         していきました。

           日が燦々と輝き、若葉が萌え、遠く淡路島がかすみ、ほどよい風が正面の方から

         吹いてきて、眠気を誘うような快い一日でした。

           そこへ、大学生とそのOBの登山グループ、男女合わせて約30名の若者が登って

         きました。青春の思い出として10時間ぐらいかけて六甲山を縦断するのだそうです。

           どこまで行くのかわかりませんが、六甲を登り終えるのは終電近くになるそうです。

           素晴らしい若者たちがいるものだとつくずく感心しました。

           その中で、一人女の方が腰を痛めて縦断を断念し、しばらく私のそばで休んでか

         ら戻っていかれました。彼女は、学生時代に何回も六甲山に上ったことがあるそうで

         すが、就職して事務を執っていると運動不足で極端に体力が衰えてきたと嘆いてお

         られました。

          しばらく、私の絵を見ながら、写真を撮るのが好きなおじいさんと絵を描くのが好きな

         おばあさんのことを話してくれました。

          私は、こうしてじっくりと絵を描いていると、ものがよく見えてくること、よくものを見て

         いると、心が落ち着いてくること、そして普段、人は忙しすぎてものをよく見ていない

         こと等、絵を描く楽しさをお話いたしました。

          こうして、のんびりと絵を描いていると、鉢伏山全体に広がった若葉が明石大橋を

         渡って、淡路島の方にも広がっていくような錯覚に陥りました。そこで一句、

          
                  「鉢伏や 淡路に渡る 若葉かな」







     

俳句の意味: ほととぎすが鳴きながら飛び去っていく彼方に、島影が一つ浮かんでいる。
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自作の句

鉢伏や

淡路に渡る

若葉かな

淡路島 (鉢伏山より)
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