おこらご
「御子良子の 一もとゆかし 梅の花」
俳句の意味: 御子良子のいる館の裏の梅ノ木は、神宮の境内に一本だけある梅の木であると聞き、
その梅の花にことのほか心ゆかしい思いがするものだ。
旅の思い出: 昔、伊勢神宮内宮の境内には、御子良子のいる館の裏に一本だけ梅の木があったそうで、
その清楚な美しさを、御子良子の清楚な品格になぞらえて歌ったもののようです。
「御子良子」というのは、神前の供え物に奉仕する少女のことで、特に神事が行われる時に、
神官の娘が巫女として儀式に参加し、彼女らが詰める所を「良子の館」といい、現在の第2鳥居
のそばにあったそうですが、現在はありません。
今でも、内宮の境内を探しても梅の木は2、3本しか見当たりません。
昔の「良子の館」にあたるのが、現在では神楽殿ではないかと思われますが、その裏庭に見
事な白い梅の花が咲いていました。
また、伊勢神宮には昔、持統天皇の頃にあらぬ嫌疑をかけられて殺された大津皇子の姉で
伊勢神宮では斎宮(最上位の巫女)の立場にあった大伯皇女(おうくこうじょ)がおられました。
斎宮とは、昔、伊勢神宮に奉仕した未婚の内親王のことをいうそうです。
大津皇子が殺される前に、姉を尋ねて伊勢に来ており、大津皇子が大和へ戻る折に、その後
姿を見送る大伯皇女の歌が万葉集に残っています。
それは、「わが背子を大和にやると小夜ふけてあかとき露にわれ立ち濡れし」という有名な歌
です。
あいにくこの絵を描いた三月十七日は春の小雨に煙り、清楚な白い花が雨に濡れていました。
そこで線描きだけにして、翌々日の十九日に再度訪れて着色しました。
この春の雨は、大伯皇女の涙を誘いました。そこで一句、
「立ち濡れし 大伯皇女よ 梅の花」
立ち濡れし
大伯皇女よ
梅の花