人麿の旅スケッチ紀行中に創作した私の和歌を紹介します




 
平成二十年三月一日、古の都明日香村に到着して 

        「古への 都は深く ねむりけり 心の中に 飛鳥風吹く」

 昔、大津皇子が斬首した磐余(いわれ)の池があったとされる桜井市にある吉備池の畔で

        「空青く 磐余の池に 鳴く鴨に わびしさ告げよ 芦の枯草」
   

 大津皇子の姉の大伯皇女(おおくこうじょ)が安倍文殊院のある桜井市に住んでいたこと
を思い浮かべて

        「ありし日の 大伯皇女の面影に 文殊の池の 鴨立ち騒ぐ」


 甘樫の丘より明け方の月を眺めつつ、暁を告げる雉の鳴く声を聞いて

       
「甘樫の 林を抜ける 月の船 東の空に 
                      漕ぎ行きて 暁告げる 雉の声する」 
 

 板葺宮跡に立ち、昔この近辺に浄御原(きよみはら)宮があったことを聞いて
        

        「浄御原 都大路を 行く人の 思い伝えよ 天香具山」
        

 真弓の丘にある岡宮天皇陵を描いていると、どこからか梅の香りがして

        「梅の香に 春は来たれと 思えども 飛鳥の風は いまだ身にしむ」 
        

 吉野川のほとり宮滝にて昔天皇が雨乞いをしたという青根山を眺望して

        「宮滝の 宮より望む 青根山 昔の人の 神を覚ゆる」
         

 昔大和朝廷に仕える乙女達が船乗りをして遊んだという鳥羽市小浜にて、

        「わかめ干す 日は燦々と 輝けど 風は身を切る 浜の手仕事」
     

        

                
 四月十一日、真夜中に雨の降りしきる中に旅立って、朝日が昇る浜名湖を通過して
            
       
「春雨の 降りしきる夜に 旅立ちて 朝日の中を 走る浜名湖」

 
遠い昔の都の春を思い浮かべて
                          
       「遠山に 思い起こせよ 葛城の 鴨鳴く池の 柳桜を」

 春たけなわ、香具山の若葉は萌えるように照り映えているのを見て


       
「香具山に 衣干してか 春野辺の 木々の若葉は 萌え盛りけり」

 穴師川のせせらぎを見つけてスケッチしていると、二羽の鶯がさえずるのを聞いて

     
  「うぐいすの 歌垣聞かん 穴師川 せせらぎ清く 絶えることなし」

檜原神社の脇を抜ける山野辺の道を歩いていると、朝霞が松の葉の先に露となって集まる
その清々しさに心打たれて

        「松が枝(え)の 先にとまりし 露霞 緑美わし 山野辺の道」


 木津川の畔、久世寺の近くに禊(みそぎ)をする場所を訪ねたところ、昔の俤は露と消え
川の流れも大幅に変わってしまったのを聞いて

       
「木津川の 禊の跡は 影もなし 古へ遠く 一人たたづむ」


 雄琴温泉に寄りて

       
「草枕 つぼ湯につかり 足を出し つぼを枕に 月を眺むる」


 琵琶湖の畔、唐崎の港にて

       
「打ち寄せる 波打つ岸の 水音に 昔の人の 姿覚ゆる」


 三つの尾根に跡を残す崇福寺を訪ねて

       
「三条の 尾根にねむりし 崇福寺 人待ち顔の 山桜花」


 春雨の降る琵琶湖の比良の浜で

       
「比良の湖(うみ) 水面をたたく 春雨に 昔の人を 思い起こせり」


 旅路の西の玄関、明石海峡に夢のような大橋がかかり、夜になると七色の虹色に変化する
のを見て

       
「太古より 行き交う船の 万旅(よろずたび) 明石大門に 虹の懸け橋」


 五月八日、弓月が嶽を遠望して

       
「コジュッケの 声すぐそこに 山つつじ 弓月が嶽は 遠くそびゆる」

 昔、城上(きのえ)の宮があったという奥山の久米寺を訪ねて

       「常宮(とこみや)の 城上の宮は 今は消え 心かなしも 一人尋ねん」

 五月十日雨、雷丘(いかづちのおか)を描きつつ、天からの恵みを感じて
      
       
「大君は 雷(いらか)の上に 天雲を 呼びて大地の 恵みとなさん」

 北淡路の野島が崎にて

    
   「播磨灘 遠く消えゆく 船影に 鄙(ひな)の長路を 思いやりけり」

       「北淡路 漁船の響き うらうらに 初夏の浜辺を 旅行くわれは」   

  三原市の筆影山より瀬戸内海の島々を眺望して

      
「しまなみの 瀬戸吹き返す 初夏の風 島戸はるかに 神の島見ゆ」

 島根県の高角山(島の星)に登り、人麿の俤を偲びて

       
「高角の 道はいづこへ 続くのか 人麿偲ぶ 山の細道」 


       
「万葉の 古道登りし 島の星 木々のこむらに 霧立ち上る」

人麿が入水したという鴨山(鴨島)が万寿三年(1026年)の大津波で海底に没したとされる
益田の沖合いに、人麿の霊を弔うようにイカ舟の明りを見て

       
「鴨山は 海の底にて ねむりたる 益田の沖を 灯すイカ船」


 十月十四日、八釣の山麓を遠望して

       
「時雨きて 八釣の山は 煙りけり 稲の実りは 今も昔も」

 昔、高屋と呼ばれ新田部皇子の宮があった高家(たいえ)の里にて

       「万葉の 黄金の稲穂 今もなを 高家の里は 豊かなりけり」

 十月十六日、飛鳥川のほとりで、有明の月を眺めて
      
       
「飛鳥川 いかづち橋を 越えくれば 畝傍の山に 月かたぶきぬ」

 人麿の妹が亡くなられた軽の里を訪ねて

    
   
軽の里 古へ人を 尋ねども 一人古墳の 前にたたずむ」   

  昔、香具山の周りに埴安と呼ばれる池が広がっていたことを思い浮かべて

      
「埴安の 池を忍ばん 香具山の 麓は今や 稲の海原」

 同じく香具山の近くの古池を眺望して

       
「古池の 涸れて昔を 忍ぶらん いづこに問わん 皇子の館は」

天武・持統の頃、草壁皇子がおられたという島の宮を尋ねて

       
「飛鳥川 上りて行けば 島の庄 島の宮とは いづこにありな」

十月二十日、大津皇子が住んでおられたという訳語田(おわりだ)の宮があったとされる桜井市

戒重の町を眺望して

       
「訳語田(おさた)とか 宮はいずこに あるらんか 遠くながむる 櫻井の町」

 三輪山の麓、檜原神社にて

       「訪ね来る 人は静かに 立ち去りて 夕陽が残る 三輪の檜原は」

 十月二十二日、人麿が亡くなられたとされる浜田の城山(旧鴨山)と浜田川(旧石川)を眺めて
      
       「人麿の 妹が嘆かん 石川の 貝になりてか 浜の真砂は」

 十月二十四日、明石の藤江の浦にて

      「
描かんと 藤江の浦を 見渡せば 雲は流れて 海青くなり」   

  同じく、明石の二見港から稲見の海を眺めて

      
「二見から 稲見の海を 眺めたる 日は照り返す 朝焼けの空」


 


 十一月十四日、世田谷環状八号線にて

       
「街路樹の 転がる枯葉 霜月夜 旅の行方は 風の間に間に」

 大宇陀のかぎろひの丘にて

       「かぎろひの 丘に登りて 見渡せば 母屋の上に 月飾りかな」

 十一月十五日、近江高島にて、琵琶湖の湖面を眺めつつ
      
     
 「打ち寄せる 波の間に間に 千鳥鳴く かなしさ告げる 秋の夕暮れ」

 宇治川につながる瀬田川にて

    
  
湖水より 流れる川の 逆巻きて 水の行方は わが身なりけり」   

  十一月十六日、宇治川の鹿跳橋(ししとびばし)にて

     
「雲に泣く 峯はかすかに 現われて たちまち消ゆる 霧のベールに」

 
      
「行く河の 後姿を 見送りて 秋の日差しに 照る薄(すすき)かな」

十一月十七日、人麿が一時滞在していたという大石曾束にて

     
 「山間の 曾束の里に 人麿の 面影忍ぶ 川の流れは」

夜、NHKのラジオ放送で、義経の笛「薄墨」の音を聞いて

     
 「薄墨の 笛の音清し 義経の 面影忍ぶ その笛の音を」

 十一月十八日、宇治川の外畑町にて

       「霧深き 瀬田の河原を 雁が行く 横一線に くぐりぬけつつ」

 十一月十九日、再び大宇陀の安騎野にて
      
       「風寒く み雪舞い散る 大宇陀の 安騎野の山は 色づきにけり」

 明日香村にて

      「
古への 神奈備(かむなび)山は 暮にけり 衣手寒く 秋風ぞ吹く」   

  十一月二十日、二上山にて

      
「吹く風に いさよう枝の 葉にもみじ 二上山の 道は険しく」

 大津皇子の墓前にて

       
「暮れなずむ 大津皇子の 御墓にて みまかりし時の 歌を叫ばん」

 十一月二十一日、北淡路にて

       「淡路来て 幾度見つめん 大橋の 明石の瀬戸は 風強きかな」

 野島崎クリーンセンターの「千年の湯」にて

       「風巻きて 枝影ゆれる スリガラス 秋の日差しが さす湯殿かな」

 
 十一月二十二日、徳島県あせび公園にて

    
   
徳島の 馬酔木(あせび)の丘の ご来光 かげろひ照らす 一筋の雲」   

  十一月二十四日、明石大橋を渡り、旅の終焉を祝って、

      
「歴史見る 明石大門は わが旅の 終焉飾る 美しさかな」

  平成二十三年十一月七日、室上山にかかる月を見て

       「古への 山に上りて 隠れ行く 悲しみ深き 人麻呂の月」

 


 

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