わが心根を悟りてし、かの女の眼に胸のうち、
かの、あゝ、女にのみ内証の秘めたる事ぞ無かりける。
蒼ざめ顔のわが額、しとどの汗を拭い去り、
涼しくなさむ術あるは、玉の涙のかのひとよ。
その眼差しは彫像の眼差しに似て、
そして、遠く静かで荘厳なその声は、
はかなく消えながら、愛しい音色を響かせる。
( 西田 訳 )
われはよくその夢を見る。奇怪で心に残る夢、
よくは分からぬ女(ひと)なれど、われと相思相愛の仲
夢見るたびに異なりて、同じ女(ひと)とはなり得ない
他の女(ひと)にもなり得ない、されど、われを愛し理解し給ふ。
( 上田 敏 訳 )
常によく見る夢ながら、奇やし、懐かし、身にぞ染む
嘗ても知らぬ女なれど、思はれ、思ふかの女よ
夢見る度のいつもいつも、同じと見れば、異なりて、
また異ならぬ思ひびと、わが心根や悟りてし。
あの女(ひと)は、褐色の髪か、赤毛か金髪か?━われは彼女の名も知らぬ
その人の名は?われは優しく鳴り響くその人の名を思い出す
この世を去りて久しい、わが愛しき人々の呼び名かと
栗色髪のひとなるか、赤髪のひとか、金髪か、
名をだに知らね、唯思ふ朗ら細音のうまし名は、
うつせみの世を疾く去りし昔のひとの呼名かと。
つくづく見入る眼差しは、匠が彫りし像の眼か、
澄みて、離れて、落居たるそのその音声の清しさに、
無言の声の懐かしき恋しき節の鳴り響く。